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2011年07月02日

節電対策

独立行政法人産業技術総合研究所が2011年6月15日に次のような発表をしている。計画停電と空調節電対策についてシミュレーションを行った結果の速報だ。その中に打ち水の効果が評価されている。

「小規模な打ち水を朝夕の時間帯に実施すれば、蒸発潜熱を増加させ、また水蒸気も拡散されるため、局所的に温熱環境を和らげます。
しかし、13時に道路面積1m2あたり1Lと大規模な散水を実施しても、節電効果はほとんどないことが分かりました。気温を平均0.6度下げる一方、相対湿度を平均9.6%上げました。湿度の上昇(13:10)が気温の下降(13:20)に先行するため、最大電力需要はわずかに増大しました。
これは、昼間の大規模な打ち水は、大きな蒸発を招く一方、水蒸気が拡散できないためと考えられます。」

な〜んだ、こんなシミュレーションは小生が8年も前に鉛筆を舐めた程度のものだ。2003年8月23日付け当フォーラムのコラム「百万人打ち水大作戦」をご覧いただきたい。

お忘れかも知れないが、当時、環境ブームが盛んで「百万人打ち水大作戦」と称するイベントが東京などで盛り上がっていた。新聞いわく、
「1平方メートルあたり1mmの打ち水で、どれだけの効果があがるかを正確に述べるのは、ケースバイケースなので難しいですが、 地上気温を2度以上は下げられるのではないか と予想しています。温度が2度下がった場合、三菱総研による時刻別の気温感応度の結果から試算すると、 4%程度最大電力を削減 が期待されます。」 

小生の鉛筆はこう結論を出していた。
「極めて単純かつ大雑把に考えてみた。30度・60%の気温・湿度のところに、1平方メートルあたり1mm(1000g)の打ち水をして、極めて短時間に1000gの水蒸気ができると仮定すると、これは地上60mまでの空気を2度下げる代わりに湿度を70%に押し上げる。不快指数としては余り変わらない結果となりそうだ。
それにクーラーの電力消費量が減るという考えは誤りだ。クーラーは気温が下がった空気で減った電力を湿度を下げるために余計な(理論的には同量の)電力で消費する。」

当時の専門家で打ち水に水を差したものはいない。所詮専門家(評論家、コメンテーター、知ったかぶりの芸能人(以下略))というものはこんなものと考えておいた方がいい。原子力においても然りである。世のブーム(雰囲気)に迎合した意見しか言わないものたちがテレビや新聞に出ている。故人はこれを世論というと言っている。

2011年05月18日

白袴

 昨日(2011年5月12日)、立川市にある警備保障会社の営業所に2人組の男が押し入り、現金約6億円が奪われるという事件があった。

 団塊世代の筆者がすぐに思い浮かべるのが1968年12月に発生した3億円事件である。あれから40年以上の時が経っているから3億が6億になっても世は動じないかも知れないが、当時はそれまでのテレビドラマなどで考えられていた「高額の犯罪」、それもお伽話のような事件ですら、せいぜい1000万円くらいの話だったから、世間は全くびっくりしたもので、その後の犯罪ドラマが一気に10億円強奪などとインフレを起こして傍目には面白かった。

 今回の犯罪は警備会社が狙われるという、意表を突いたもので、しかも事務所の窓の施錠が前から壊れたままで、警報機も電源を切っておくことが当たり前になっていたという、まことに警備会社としてはお粗末を絵に描いたようなお粗末さ加減で、犯人は内部事情に詳しいと推定されることから案外早く捕まるかも知れないが、「紺屋の白袴」と昔の人はよくいったものである。

 ところで、話は変わって今回の東日本大震災では津波による被害の激しさに目を奪われているが、地震の影響もそれなりに報告されている。

 それでも、仙台を中心とする東北の都市での被害は、「地震慣れ」というか、事前の対策がかなり行き届いていて、地震の大きさの割にはなんとか乗り切ったという見方が多い。

 その中で、建築や防災の権威が集まっているはずの東北大学工学部(青葉山)の建築・土木系の建物(9階建て)が被災し、赤紙(大破・立ち入り禁止)を貼られたのはまことに残念なことである。

 同建物は1978年の宮城県沖地震で当時の世界記録となる地震波を屋上で記録するほどの揺れに耐え抜き、その後も耐震補強を済ませていたのだが、報道によるとこれまでに起こった数度の地震の度に徐々に耐力を殺がれていたところに今度の地震に襲われたのではないかといわれている。ある意味この現象は意図せざる新しい地震研究の対象ともなりうるが、研究拠点を奪われる結果になっては元も子もない。

 研究者の目が足下に及んでいなかったのか、予算上の問題だったのかはわからないが、やはり「紺屋の白袴」とそしられても仕方がない。

 外断熱を推進している人たちにあっても、予算やマンションの共用部分の改修と言うことで、なかなか思うように自分の住居を外断熱に改修できない例が多い。自分自身が外断熱建物に暮らしてみれば、きっともっと強く世間の人にアピールすることができそうな気がするのだが、これも「紺屋の白袴」であると、自戒を込めて云爾(しかゆう)。

(投稿日が遅れました)

2010年10月16日

住宅金融公庫

ご存知の通り、住宅金融公庫という役所は平成19(2007)年4月をもって廃止され、その前にできた住宅金融支援機構が業務を引き継いでいる。多くの人には未だに金融公庫の方がなじみがあり通りも良いが、金融公庫と住宅金融支援機構は単なる改称にとどまらず、制度そのものが全く異なっており、当然その業務も異なっている。ここではその業務について云々するわけではない。意外な外断熱との関連を少し述べてみようと思う。

「独立行政法人住宅金融支援機構法」が衆議院を通過したのは平成15(2003)年小泉内閣のときである。構造改革を標榜する小泉内閣は様々な機構改革法案を成立させたが、住宅金融公庫改正法もその一つである。調べてみたらこの法律が衆議院を通過するに際して衆議院は付帯決議をつけている。

その決議「住宅金融公庫法及び住宅融資保険法の一部を改正する法律案に対する附帯決議」(http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/koukohou/syuhutai.pdf)は8項目あるが、その6番目は「住宅金融公庫融資については、障害者、高齢者等社会的弱者の居住の安定、シックハウス問題への対応、地域材を用いた木造住宅の建設推進、外断熱の推進等住宅の省エネルギー化等の政策誘導機能を重視したものとなるよう努めること。」となっている。

その前年(2002年)国会審議において「外断熱」について初めての質疑が行われ、当時の国土交通大臣の扇千景が
「省エネルギー性能の面で、 外断熱工法というものは冷暖房の終了時に効果が継続しやすいというようなメリットもございますけれども、逆に、冷暖房の開始時には短時間で効果が上がりにくい、比例するわけでございますので、そういうデメリットもこれまたございます。」
と可でもなく付加でもないような答弁(もちろんお役所の認識)をしていたことに比べ、国会議員側では外断熱の有効性についてかなり肯定的な見解をもっていたことが分かる。
当時、外断熱に関する質疑を行ったのは議員3人の内2人は民主党の議員(現在も現職は一人)であった。(当ホームページの「フラッシュ」を参照)

付帯決議から既に7年が経過している。省エネ法の改正で外断熱の評価基準策定やCASBEEによる数値的判断基準の明確化、エコポイントによる外断熱に誘導への道筋をつけたことなど外断熱の推進について積極的な動きがないわけではない。

それにしても、周りを見回して、外断熱建物が増えたとか、外断熱改修が浸透してきたという実感はない。地球温暖化対策に向けての外断熱の優位性の認識はお役所にもありそうだが、これといった有効な手段となると道未だしといった憾みがある。

リーダーシップに対する国民の評価が小さい菅内閣ではあるが、ここに一発逆転ホームラン級の省エネ推進、住宅改良、資産維持、雇用促進、内需拡大策が潜んでいる。真剣に検討する気はないものだろうか。先の参院選で消費税の代わりに外断熱を持ち出していたら風向きは大いに異なっていただろうに。

2010年04月29日

赤プリ閉鎖

今日、赤プリ(赤坂プリンスホテル)が来年三月で閉鎖されるというニュースが報道されていた。それに対し、マスコミは「粛々と」その事実を報じるだけである。政治的思惑があるのでなければ、無知、または何らかの見識あるいは深みのある思想(都市経営に対する信念)を持ったジャーナリズムとはいえない。これがマスコミのレベルとあきらめるとしても、このような薄っぺらな知識と見識でマスコミがあらゆる報道を行っていることは頭に入れておくべきである。

旧館は残されるようだが、新館は解体される運命と思われる。新館は1983年の建築でまだ30年にも達していない!!。これだけでもマスコミがお好きな環境、省資源からの突っ込みくらいは入れられるのではないか。

それはともかく、設計は故丹下健三氏だ。モダニズムの旗手として名高い氏の代表的な建物である。丹下さんだから残せと言うつもりもないし、決して残すべき美しい建物とも思わないが、一つの記念碑的建物であり、ある時代を象徴している建物には間違いない。仮に、ファシズム吹き荒れる時代に国民を抑圧した刑務所であったとしても、その時代を記憶するに足る忌まわしき建物としてそれは残されるべきなのだ。

日本の歴史として赤プリは切っても切れないその時代を記憶しており、それはもはや民間私企業の枠を超えて存在している。そういう意味では西武と丹下さんは時代の寵児と言える。もし筆者が強権を発動できる都知事なり総理大臣なりせば、赤プリ地域を高度成長期またはバブル期の記憶建築物として保存する措置を執らましものをといいたいくらいだ。西武をいじめるわけではないが、不動産業の利益は都市経営の中での繁栄の享受であり、自分の御都合だけで都市を弄ぶべきものではない。

西武が維持経営できないとするならば、その経営内容(赤字見込み幅)を公開させ、その赤字をカバーする第三者に事業委託し、必要な利益を同社に還元させてもいい。その補償に税金が必要なら、10年程度を限度につぎ込む覚悟を都知事が表明してもいいのではないか。これは一つの文化政策、都市政策である。思い切った金を使わなければこれからの都市を守ることはできない。単に古くなったという理由で民間の所有だから壊してもいいという論理を許してしまったら歴史の継続は担保できない。誰か賛同者はいないだろうか。

2010年03月27日

住宅版エコポイント考

家電に対するエコポイントと同様、住宅の新築やリフォームに対してもエコポイントがつく(政府からの補助金が出る)制度が作られた。
ここではマンションのリフォームに限って考えてみる。

今回、エコポイントの対象となるリフォームの部位は窓の断熱強化、外壁、屋根、天井の断熱材施工である。このうち、共用部分に該当しない部位は内窓設置と天井の断熱で、ガラスの交換は原則としては共有部分なので管理組合の判断となるが、ルール・運用次第では個人でリフォームが可能だろう。

住宅版エコポイントでは最大30万ポイントがもらえるが、これらのリフォームだけでは規定上標準的な住戸で5万〜8万ポイントくらいが限界と思われる。頭のいい人はこれにバリアフリー改修を加えてさらに3万ポイントくらいは稼ぐかも知れないが。

最も望ましいのは外壁や屋根、窓の断熱強化を同時に図ってマンション全体を外断熱建物とすることは明らかだ。国交省もこれを目的としたことと思われる。

しかし、これらのリフォームは大規模修繕並の大がかりな工事が必要である。大規模修繕は修繕計画に従って10〜15年に一度行う工事であるから、それなりに準備を重ね、区分所有者の合意形成も図ってやっと行える大仕事である。急に制度ができて1戸当たり30万円をもらえるからといって、工事をやりましょう、はいそうですねというわけにはいかない。

たとえうまい具合に修繕のタイミングがあって、制度を利用できるとしてもせいぜいマンション全体の20分の1か30分の1だろう。この制度が10年間は恒久的に続くというのであれば、かなりのマンションで、この間に外断熱リフォームを実施することは十分可能と思われる。

部分的な断熱がどれだけの省エネになるのかという予測も検証も行わないまま、国民の税金を使う制度が成立した格好ではあるが、省エネの効果をきちんと公表した上で、見直すべきところは見直してでも、この制度を10年は続けて欲しいと願っている。民主党への風当たりが強く、政策軸が目まぐるしく変わる中、これくらいは頑張って欲しいものだ。

2010年02月10日

内窓はお得か

表題は日経アーキテクチュア(ケンプラッツ)2010年2月10日の記事(住宅版エコポイント「内窓はお得」は本当か?)からとっている。

記事を要約すると、住宅版エコポイント制度で需要拡大が見込まれるのが窓の断熱リフォームである。サッシメーカー各社はこれを好機到来ととらえ、特に内窓の販売に力を入れている。

その理由として、住宅版エコポイントの仕組みに潜む矛盾があるからだと指摘する。その矛盾とは、住宅版エコポイントのポイントはエコ住宅を新築した場合でも最高30万ポイント(30万円)。仮に3000万円かけて住宅を建設しても還元率は1%、1500万円でも2%。

ところが、内窓を取り付けた場合は(ケースによって異なるが)還元率は10%を超え、20%に達することもあるという。サッシの交換や、外壁を断熱リフォームする工事では新築工事よりはいいものの、こんなに還元率が高くはならない。一般のエコ家電が5〜10%であることを考えると大きな開きがある。

日経アーキテクチュアは、内窓の省エネ貢献度はそれほど高くはないとほのめかしているのである。本来エコポイントは省エネ貢献度に応じて発行すべきもので、このままでは内窓に走って折角のエコポイント(税金だ)が無駄に使われはしないかと危惧している。

日経アーキテクチュアの言うとおりだと思う。サッシそのものを断熱性の高い二重ガラスや真空ガラスなどに交換するのに比べ内窓の省エネ性能は劣る。詳しくは説明しないが、外側のガラス面に結露が以前より増えるのは物理現象として火を見るより明らかだ。部屋うちが狭くなり、前よりもガラス面に結露が発生することに気づいたら、取り付けた人は落胆するのではないか。

「住宅版エコポイント制度の立ち位置が、温暖化防止を目的にしたものであるならば、省エネを確実に推進していくためにも、ランニングコストの低減を含めて、できるだけ性能の高いサッシを取り付けるようなインセンティブを与えるべきだったのではないか。事務手続きが煩雑になることを嫌ったのは分かるが、サッシの大きさだけでなく、性能に合わせて、発行ポイントをもう少しきめ細かく設定した方がよかった。せめて、これからの制度運用時に、サッシの性能と住宅全体の省エネ効果を消費者に対して明確に数値で示すなど、商品を選ぶための基本情報を的確に提供してほしいと考えている。」(同記事)

全く同感である。

2010年01月28日

エコポイント考

 民主党政権になって、住宅エコポイント制度が話題になっているが,この新鮮味と政策効果はどうなのだろうか。

 新鮮味としては、住宅・建設部門に焦点を当てたという意味で新しさがあるが,平成20年度環境省のエコ・アクション・ポイント、21年のグリーン家電普及促進事業によるエコポイント、環境対応車普及促進税制(いわゆるエコカー減税)、太陽光発電システム補助金制度などの延長線上にあり,民主党ならではの政策というわけではなく新鮮味・独自性は薄い。

 そういえば,自民党政権の批判材料として定額給付金の交付制度があったが,エコポイントはどうだろうか。

 これについては夙に昨夏、立命館大学教授の佐和隆光氏が「ケインズ主義的財政金融政策の効能は、発展途上諸国のそれに比べて、はるかに乏しい。理由は明らかである。耐久消費財はほとんど普及し尽くしており、買い替え需要しかなくなっているからだ。そのため、定額給付金であれエコポイントであれ、それらの個人消費支出刺激効果はきわめて乏しいのである。公共事業にしても、全国津々浦々、鉄道、道路、空港が整備されたいまの日本では、公共事業をしようにも、有意味なものは思い当たらない。」(ダイヤモンド社『経』2009年8月号)と述べている通りであり,アメリカでも自動車買い換え支援制度が終了した途端に販売台数減少のリバウンドが起こり、この制度が一時的な景気刺激策以上のものではないことが明らかになっている。

 住宅エコポイントのキモは住宅の省エネ化であり,これは長期的かつ効果的に取り組むべき政策アイテムである。そのためには技術的基準の策定と同時に確実な施工を行政なり第三者が管理するシステムとなっていなければならない。建設業者でもなく,技術基準の知識も不足しがちな自称デザイナーなどのリフォーム業者が自由に参入している業界では、悪徳業者の跋扈を許す余地があると指摘されても仕方があるまい。(「ちょっと待って、住宅版エコポイント」『日経ケンプラッツ』2010.1.28)

 今回のやり方は緊急対策とはいえ,いかにも準備不足で周知徹底に欠ける憾みがある。また、先のことは分からないにせよ時限的政策であり、長期的な展望を必要とする住宅建設や取得計画との整合性がなく、個人の購買行動を乱す要素にもなり得る。特にマンションのリフォーム・断熱改修という区分所有者の長期修繕計画に則った合意システムの中では、省エネ改修を(多くは窓と外壁の断熱改修であるが)前倒しで実行できるような管理組合は多くはないだろう。逆にこの政策を10年間は継続すると宣言することで,より的確にマンションの維持管理計画が立てられるのではないだろうか。民主党にはこのようなカネより頭を使った「口先介入」こそ望まれると言えるのではないだろうか。

2010年01月04日

マンションの寿命

「住宅の寿命」についてはこれまで「1財務省令による減価償却資産の耐用年数」、「2滅失住宅の平均築後年数(5年平均)」、「3残存戸数が50%を切る年数」などの考え方がある。

「1減価償却資産の耐用年数」は根拠が明らかでないが、木造22年、RC造47年、S造34年となっている。

「2滅失住宅の平均築後年数(5年平均)」という立場では、1996年の『建設白書』に「過去5年間に除却されたものの平均で約26年」とあり、これが長い間「住宅の寿命26年説」の根拠となった。
マスコミではこれがセンセーショナルに受け取られ、深い考えもなく一人歩きしている。この年数の意味するところはある時期に壊された住宅の寿命をもって、その他の存命中の寿命を推定することにある。しかし、質の悪い建物は早く寿命が尽きるが、質のよい建物は長期にわたって残る。壊された住宅の多くは住宅難と高度成長期の粗製濫造とが重なってできた粗悪品であり、決して存命中の住宅を代理するものではなかったようだ。

国土交通省は2006年7月3日、2015年度までの10年間で達成を目指す国の住宅施策の目標を定める「住生活基本計画(全国計画)案」を策定し、その中で良好な住宅ストックを形成するための目標として、滅失住宅の平均築後年数を【約30年(2003年)→約40年(2015年)】と数値化していたが、実際の計画が策定された9月にはこの数値目標は消えている 。
最近の住宅は質が高く、滅失住宅の統計でも大きく寿命が伸びており、現在では既に40年を上回っているのではないかと思われる。

「3残存戸数が50%を切る年数」とは、ある年に建設された住宅の半数が滅失するまでの期間を寿命とする考え方であるが、ここでは触れない。

で、マンションの寿命はいったいどれくらいあるのか。

日本建築学会はマンションの目標耐用年数を「鉄筋コンクリート造マンションで、高品質の場合100年とし普通の品質であっても60年」としている 。これは主に躯体の耐久性について技術的立場から述べたものである。

国はどう考えていたのか。
区分所有法の2002年改正時に、法62条の建替え決議における客観的要件(必要条件)に建築後年数を採用するか否かの議論があり、「30年」或いは「40年」といった数値が取りざたされている。当時はその年数を過ぎたものは全て老朽化かという意見と、その年数が過ぎるまでは建替えができないのかという議論がかみ合わず、結果的には築年数は客観的要件に採用されなかった。その結果現在の法律では築年数にかかわりなく建替え決議が可能となっている。数値の採用はなかったにせよ、関係者の間ではマンションの寿命をせいぜい40年とみていたことがわかる。

マンションという言葉は東京オリンピックの頃に生まれた言葉であるが、公団住宅団地にまで遡るとしても、昭和30年(1955年)あたりまでなので、一般的にはやっと半世紀が経過した程度と考えてよい。もっとも、数は2,800戸と少ないながら、関東大震災のあと1920年代後半から10年間くらいに作られた同潤会アパートもあるが、ある意味これは例外と考えても良い。

マンションが除却され、その後新たなマンションとして建替えられた事例はこれまでに約170例、約11,000戸ある。同潤会アパートはほぼすべてが除却され大半は新たなマンションに生まれ変わっており、この寿命は突出して長くほぼ70年前後を達成している。
筆者が調べてみたところ、30〜40年で除却された事例は4割、20〜30、40〜50年がそれぞれ2割という結果になった。これだけを捉えればマンション寿命40年説を裏付けるように見えるが、マンション500万戸の中のわずか1万戸の話であり、築30年を経たマンション100万戸の中でもわずか1%に過ぎない。

では99%のマンションは健全かというとそうではない。老朽化して建替えたくても合意が得られず、建替えられないマンションもある。これはこれで深刻な問題であるので、稿を改めて述べることにするが、30〜40年のマンションの多くは多少の問題はあるもののまだまだしっかりしている。これをもっと寿命を延ばすような維持管理こそ重要である。

躯体の保全のためには、躯体を温度変化や雨水から保護することが最も確実な方法である。外断熱がその手段の髄一であるのだが、資金、制度、業界の確執、過去の経緯などがあって順調な進展とは言えない。数少ない積極的施策の一つとして採用された住宅のエコポイントであるが、マンションの区分所有者(管理組合)にまでこの制度が伝わっていないように見えるのは誠に残念なことである。

2009年11月20日

コンクリートが危ない

 名著『コンクリートが危ない』(岩波新書)の著者、東京大学名誉教授の小林一輔さんが10月7日逝去されたとのことである。以下、ケンプラッツの記事(2009.11.18)を参考にしながらの感想である。

氏は「半永久的に使用できるはずのコンクリート構造物が早期に劣化している問題を取り上げ、警鐘を鳴らした」人である。

マンションの購入者は大体100年は保つのではないかと漠然とした期待を持って購入していたのだが、それがとんでもない幻想だった。これが「社会的常識」であったなら現在ほどマンションが普及することはなかったかも知れない。

コンクリートが長く保たない理由は氏によると、「責任施工という名の無責任施工が、コンクリート構造物の早期劣化を招いた」ことが大きいという。「アルカリ骨材反応」や「ほとんど除塩されていない海砂が使われていた」ことなど官学民を含む建設業界全体の汚点である。また政治屋の関与を許す土壌も問題がある。

「84年、日本住宅公団(その後、住宅・都市整備公団)が販売した埼玉県の狭山台団地で、異常な劣化が見つかる。」「狭山台団地の調査では、(氏の)研究室の総力を動員して「アルカリ骨材反応による劣化が原因」との独自の調査結果を発表した。住宅・都市整備公団はこれを否定し、意見が対立する。」

在野の研究者が官学の既成権威とぶつかり握りつぶされる構図はあるが、建築・土木の学者が官とこのようにぶつかることはほとんどあり得ないことで、非常に勇気のいることである。

「(氏が)土木学会コンクリート委員会の委員長をしていたときには、現場の生コンの品質を調べようと、ゼネコンの研究所に協力を求めて抜き打ち検査を実施した。結果はJISの規定から数パーセントしか外れていなかった。後でわかったことだが、情報は事前に漏れ、抜き打ち検査にはならなかった。」
 
 氏は「土木一家は閉鎖社会」と言ってはばからない。「何か事故が起きたときに組織される調査委員会では、結論はいつも“天災”か“当時の技術の限界”。みんなそこへもってくる」。

この構図はJR西日本の事故調査委員会でも見られる。

氏の予言。「事態を放置すれば、コンクリート構造物の一斉に壊れはじめる時期が2005年から2010年までにやってくる可能性が高い」、今まさにこれから起ころうとしていることである。

一方、建築学会は「建築物の耐久計画に関する考え方」(1988)で
「(鉄筋コンクリート建物の)耐用年数の定義は、建物の機能、性能が劣化によって低下して限界を超え、かつ通常の修繕や一部分の交換などを行っても、回復しないであろうと考えられる状態になった時とする。」としている。
で、どの程度の寿命かというと、
「建物全体の望ましい目標耐用年数は、住宅で高品質の場合で100年以上、普通品質で60年以上」であるが、「建物耐用年数は、コンクリートの品質や施工状況、外壁の仕上材、維持保全などの条件が年数を推定するのに関係してくる」。つまりは「逃げ」ではないか。

氏の言葉通り「責任施工という名の無責任施工」では長寿命は期待できないということだ。善良な施工者、技術者を何人も知っているが、組織・制度の壁に阻まれてその良心を発揮できない状況も多い。社会全体がこのままでは崩壊に向かいかねない。

氏のご冥福を祈る

2009年10月30日

『東京のマンション2009』

10月30日付の日経新聞東京地方版で東京都が発表した『東京のマンション2009』の解説が出ていたのでご紹介したい。マンションの行く末について深刻な事実が明らかになっている。

2008年末現在で都内にはマンションが146万戸あり、マンションに居住している世帯の割合は4世帯に1世帯。たかだかこの50年程度で都内に住む4分の1が、伝統的な一戸建て(またはせいぜい2件長屋)から、共同住まいに移動したということを「住宅革命」といわずしてなんというべきだろう。

戦後の住宅難があったことを知っている最後の世代も還暦を迎える時代となったが、住宅難の解消に果たしたマンション(集合住宅)の役割を見逃すべきではないだろう。

しかし、一方でその影は深く暗い。
築年数を経過したマンションが年々増加し、築40年以上のマンションが、10年後には4.5倍(24万5千戸)になるという。また、居住者の高齢化も進行し、世帯主が60歳代以上の割合は31.7%(平成15年度)から39.4%(平成20年度)になることが予想されている。

その結果、管理組合運営における将来への不安のうち、「区分所有者の高齢化」が51.1%と、「管理組合活動に無関心な区分所有者の増加」35.9%を大きく上回っている。

さらに、適切な時期に必要な大規模修繕工事が実施されていない現状がある。修繕積立金(月額)が長期修繕計画の予定工事費(月額)より少ないマンションが多く、今後、修繕積立金の見直しや資金調達方法の検討が必要というが、現実問題として困難な状況が目に浮かぶ。

また、 耐震診断は旧耐震基準下で建築されたマンションでも7割が未実施。耐震改修の費用がないことや区分所有者の耐震化に対する関心が低いことなどが、耐震化の進まない主な要因としている。

いずれ避けては通れない建替えの検討も進んでいない。その理由として、関心の低さ、費用負担、修繕・改修と建替えの適切な選択ができないことなどに加え、法令等の改正により建替え時に既存の規模を確保できない(既存不適格)ことなども要因の一つになっている。

今後、建替えに対する意識を高めるため、管理組合及び区分所有者への普及啓発や、コンサルタント、デベロッパー、区市町村担当者など建替え事業に関係する人材の育成を行うとともに、既存不適格マンションなどの建替えに当たっての制度的な課題に関して、柔軟な対応が可能となるよう国に要望していくなど、建替え円滑化のための環境整備を図っていくことが必要と結論づけている。

マンションの区分所有権は個人の重要な権利であるが、共同生活を送る上では他の権利者との調整(妥協)を図らなければならない宿命にある。等しく権利と義務を負った個人が、民主主義的に自らの財産(利害関係)について議論されるような場所は、管理組合以外ほかにはあまりない。合意形成を目指して、他人任せにできないぎりぎりの主張と妥協が繰り広げられる世界であるが、戦後民主主義教育の成果がここで試されているように思える。