赤プリ閉鎖
今日、赤プリ(赤坂プリンスホテル)が来年三月で閉鎖されるというニュースが報道されていた。それに対し、マスコミは「粛々と」その事実を報じるだけである。政治的思惑があるのでなければ、無知、または何らかの見識あるいは深みのある思想(都市経営に対する信念)を持ったジャーナリズムとはいえない。これがマスコミのレベルとあきらめるとしても、このような薄っぺらな知識と見識でマスコミがあらゆる報道を行っていることは頭に入れておくべきである。
旧館は残されるようだが、新館は解体される運命と思われる。新館は1983年の建築でまだ30年にも達していない!!。これだけでもマスコミがお好きな環境、省資源からの突っ込みくらいは入れられるのではないか。
それはともかく、設計は故丹下健三氏だ。モダニズムの旗手として名高い氏の代表的な建物である。丹下さんだから残せと言うつもりもないし、決して残すべき美しい建物とも思わないが、一つの記念碑的建物であり、ある時代を象徴している建物には間違いない。仮に、ファシズム吹き荒れる時代に国民を抑圧した刑務所であったとしても、その時代を記憶するに足る忌まわしき建物としてそれは残されるべきなのだ。
日本の歴史として赤プリは切っても切れないその時代を記憶しており、それはもはや民間私企業の枠を超えて存在している。そういう意味では西武と丹下さんは時代の寵児と言える。もし筆者が強権を発動できる都知事なり総理大臣なりせば、赤プリ地域を高度成長期またはバブル期の記憶建築物として保存する措置を執らましものをといいたいくらいだ。西武をいじめるわけではないが、不動産業の利益は都市経営の中での繁栄の享受であり、自分の御都合だけで都市を弄ぶべきものではない。
西武が維持経営できないとするならば、その経営内容(赤字見込み幅)を公開させ、その赤字をカバーする第三者に事業委託し、必要な利益を同社に還元させてもいい。その補償に税金が必要なら、10年程度を限度につぎ込む覚悟を都知事が表明してもいいのではないか。これは一つの文化政策、都市政策である。思い切った金を使わなければこれからの都市を守ることはできない。単に古くなったという理由で民間の所有だから壊してもいいという論理を許してしまったら歴史の継続は担保できない。誰か賛同者はいないだろうか。