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旧・秋田銀行角館支店
2002.6.13

 『日経アーキテクチュア』6月10日号のシリーズ「有名建築その後」は「旧・秋田銀行角館支店 銀行再編を乗り切った宮脇建築」であった。

 筆者なりに記事を頼りに曲解すると、
 建築家宮脇檀(まゆみ)は1970年代秋田相互銀行の一連の支店を設計した。第一号は盛岡支店、三階建て、黄色の立方体からコーナーを切り欠いた単純な形態で人目を引いた建物である。宮脇氏はその設計手法を「プライマリー」と呼び、小なりと言えども「掃き溜めにツル」のように周囲と画然とした建物造りを指向した。

 その後宮脇氏が手がけた同銀行の支店は内装・改修を含めると20を越え、角館支店は76年に完成している。いうまでもなく、角館町は佐竹北家の城下町として栄え、現在も武家屋敷が残り往時の面影を偲ぶことができる貴重な都市である。そこに建つ角館支店は盛岡支店と違い、周囲の町並み特に道を隔てて隣接する土蔵造りの薬屋との調和を考えた設計となった。モダンな建物ながら周辺の町屋と同様に下屋を設け、その軒高や本屋の軒高、壁面線などを土蔵にぴたりとそろえてある。

 この「変節」について氏自身が「土蔵に合わせること。恥ずかしながら・・(設計は)ここから始まった。・・街の模型の中にピタリと(建物が)溶け込んでしまい、・・思わず叫んでしまう。”俺の建物はどこにあるんだ!?”」

 角館支店は銀行の名前が秋田あけぼの銀行に、さらに北都銀行に変わった後、96年銀行としての役割を終え、町の所有となった後、角館町中心地活性化支援センター「かつらぎ」として、いくつかの改修が施されて今年再出発している。一方、斬新なデザインで勇名を博した盛岡支店は99年に取り壊された。宮脇檀が62で亡くなった翌年のことである。町並みになじんだ建物が生き残り、浮き上がった建物が取り壊されたと見るのは少々穿った見方かも知れないが、いくら商業施設とは言っても、有名な建物が僅か25年である。角館の無名の武家屋敷は木造でも軽く200年を越えるだろう。それがごろごろある。

 話は飛躍するが、たまたま先日日比谷界隈を巡った折り、近寄ってつくづく見た。日比谷公園の向かいに建つ旧長期信用銀行(現新生銀行)本店の建物である。大きな弥次郎兵衛のように五層目あたりから建物が前後に張り出し、その下の正面側は今全盛のガラスを多用した大きな温室のような吹き抜けで、多くの人を驚かせることこの上ない。斯界最高の知恵を集めて造られた建物だ。200年保つものなら不良資産も少しは薄らぐだろう。