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旧住居表示
2005.3.13
 住居表示に関する法律が施工されたのは昭和37年のことである。その目的はこうだ。

「この法律は、合理的な住居表示の制度及びその実施について必要な措置を定め、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする」。

 後半はどの法律にも書かれる決まり文句だから、意図は単に「合理的な住居表示の制度」を目指したものと考えてよい。では「合理的な住居表示」とは何か。法律制定当時にも侃々諤々の議論が戦わされたが、「郵便配達夫の便利のため」という主張と当時の「合理化信仰」、「旧弊打破」の風潮に押されて、全国津々浦々で由緒ある名前が消されてしまった。代わりに合理的な名前として、単に「東西南北」を付け、丁目と番地で区分したものが生まれたに過ぎない。筆者の住んでいる豊島区で言えば、「池袋」、「池袋本町」、「上池袋」、「西池袋」、「東池袋」、「南池袋」と、池袋という地名が拡大したに過ぎないし、このどこが合理的だったのかさっぱり解らない。

 新しい住居表示に変えられて既に30年以上が経過しているが、未だにしっくりしない。全国にこのような思いを持っている人が多いと見えて、静かな反乱が起きつつある。金沢市が昨年3月に制定した「金沢市旧町名復活の推進に関する条例」がその良い例である。その前文にはこう書いている。

「かつて金沢は、その土地の歴史を刻み、人々の営みや、情景を映す多くの由緒ある町名を有していた。これらは、かけがえのない貴重な歴史的文化資産であり、私たちの記憶として残されている。
 時の経過とともにこの記憶が薄れつつある今、町名の持つ意義を学び知ることによって、私たちの町と郷土への誇りと愛着を新たなものとし、さらにこれらを地域における相互の交流と自らのまちづくりに活いかしていくことは、良好な地域社会の形成を図るうえで重要である。
 ここに、私たちは、由緒ある町名を復活し、これを後世に継承するため、この条例を制定する。」

 法律が目的に掲げる文化のひとかけらも意識しない言葉と、金沢市の郷土愛溢れる前文の訴えを比べて頂きたい。条例は行間で法律を批判し、嘗ての為政者を非難している。その第2条に曰く。

「この条例において「旧町名の復活」とは、住居表示に関する法律(昭和37年法律第119号)の規定による住居表示の実施に伴い、町の名称(以下「町名」という。)が変更された区域について、その全部又は一部の町名を当該変更前の町名に変更することをいう。」

 これは明らかに「法律謀反」をこれからやりますよ、と宣言しているに等しく胸がすっきりする。心から応援したい。

 今にして思えば、敗戦による自信喪失の余波で古い町名を撲滅し、歴史を断ち切って「新町名」に変えましょうという軽薄者が制定した法律に振り回された訳だが、当時どのマスコミも反対の論陣を張ることはなかった。町名は今更言うまでもなく、その土地の記憶であり、文化と歴史に深く結びついている。世界遺産や歴史遺産の保存だのという前に、旧町名を復活させるだけで、草の根レベルでその町の歴史がありありと浮かび上がり、金のほとんどかからぬ観光資源にすら変わりうる。

 この間、愛知県知多半島の先端に位置する南知多町と美浜町で市町村合併の話があり、成功すれば「南セントレア市」が誕生するところだった。「セントレア」というのは「セントラル」と「エアポート」をつないで作った造語で、英語でもない怪しげな記号であり、これまでの町名とは全く断絶してしまうものだ。このような名前が冗談でなく、れっきとした市名として提案されたとは呆れるばかりである。2町民の見識によって合併が否認され、住民が末代までの笑いものにならなかったのは本当に幸いであった。

 これとは反対に、この3月に大分県豊後高田市、真玉町、香々地町が合併して「豊後高田市」が発足するが、この「どさくさ」に紛れて嘗て失われた9つの町名が復活するという。そのほか住民のささやかな抵抗で、由緒ある町名が消し去られても、バス停や、駅名、幼稚園、学校などに旧町名を残している場所は全国に多い。豊島区でも西武池袋線に「椎名町」の旧町名が残されている。手塚治虫の「ときわ荘」があったところである。

 全国的に「旧町名復活運動」が活発化している。東京が江戸時代や明治の町名で埋め尽くされるだけで、観光コースがたちどころにできそうだ。例しに歴史ブーム、昭和ブームに乗った金儲けを餌に為政者を釣ってみてはどうだろう。